砂時計

精神疾患と軽度知的があるクロがもくもくと語るブログ

ちょっと嫌な昔の話


今日は久しぶりにお酒を飲みました。
金麦とタン塩がお気に入りです。うまー。


今日はただ絵を描いていただけで特に何かあったわけでもなくだらだらとタバコを吸いながら音楽を聴いたりもしていました。


少し昔話をしようと思う。

私は小学生4年(小学2〜3までは嫌がらせ程度)から中学生の1年頃までいじめを受けていました。
まあほとんど自分が無口でコミュ障で頭が最高に悪いのが原因だったのですが…

無視から始まり陰口とプリントを貰えない時や足を引っ掛けられたり、臭いとか気持ち悪いとかばい菌扱いされました。下校の最中、すれ違い様に耳元で「死ね死ね死ね」と言われ、給食の時間で当番になると誰がお前がよそった食べ物を食うかと一部で残されて、私が触れた物は皆が触れたくないよという顔をして、学年全員に嫌われていました。最終的に学年下の子達にまで嫌われました。

すごい嫌われっぷりです。笑えます。

でもそれには理由もあり私は最低な脳みその作りにより1人の同級生に辛いことをさせて、家出までさせてしまったんです。きっかけはささいな事でしたが結果的に私の自己中のせいでそうさせてしまったんです。

それからお前は最低な人間だとクラス中から言われました、当たり前ですね。わかっているんです。

小学6年まで親に、いじめられている事は言わずに仲良くしているよと学校から帰ると伝えていました。いじめられている事が恥ずかしいのもありますし、何より自分の行動が問題でそうなってしまったのだから自業自得です。親もそう思うでしょう。


小学5年の時に同級生に道路に突き飛ばされて轢かれそうな時がありました。その時から何かが変わりまりました。

怖くなって担任の人に伝えてしまいました。
給食の時間だったと思います。
担任がいじめをしている人は立ちなさいと言いました。99%の後悔を感じました。残り1%は担任に少しの希望を持っていましたが消えます。
クラスのほとんどが椅子から立ち上がると、担任はため息をつきながら「こんなにいるのか…」と脱力気味に言っていたのが印象的です。正直申し訳ない気持ちでいっぱいでした。だって全部自分が悪いから。

小5のうちは休みがちではありましたが不登校にはならずにいました。その後自分の気持ちの変化から最低な行為を数回繰り返しました。誰に言っても嫌われて終わりなので誰にも言えません。

小6からは完全に不登校になりました。
休みがちな時はいじめの事は親には伝えていなかったので何度も体調不良だからとお願いして休んでいましたが小6で親にいじめを受けている事を打ち明けました。

私は母子家庭なので母しかいなく、母にしか頼れないと、どうにか理解してくれないだろうかという思いで伝えましたが、「あんたが全て悪いんでしょう?いじめられるのはいじめられた方に原因がある」と言われてしまいました。

ごもっともですお母さん。


あなたはよく理解している、あなたは何も間違っちゃいない、私の場合は全てその通り。


こう言えるのは今だからで
当時は理解してもらえなかった、いじめの事をいじめている方が悪いと言って欲しかった。頼れる人は母しかいないのに、ただ安心感が欲しいだけだったのに。

ここまでくるとまるで厨ニの一種ですね。ごめんなさい。

母は一応いじめを認知して不登校にする事を許してくれました。度々「みんなは学校に行って頑張っているのにあんただけ…」と言われ続けていましたが、そうですよね…と思いつつ学校は行きませんでした。

小6の担任から電話がかかってきた事があります。「みんな謝っているから学校においで」と、誰に謝っているのでしょう?私はずーっと家にいたのに、黒板に向かって謝っていたのだろうか?と思いました。
やはり学校には行きませんでした。

結局まともに行ったのは数回で卒業式には出ましたが直接謝られた事はありません。

別に今はなんとも思っちゃいないです。
むしろ学年に1人2人いるかいないかのいじめられる側を経験して、そして人を傷つけてきましたので、どちらも心理的な気持ちを知りました。

中学生にあがると目立ついじめは減りましたが最高に悪い頭のせいで授業に追いつかず、誰か1人間違えたら最初からのルールのおかげで周りからバッシングを受け、私は教室から飛び出しトイレに閉じこもり、このままではまたいじめられるとまた不登校になりましたが、半年休んで不登校の生徒がいく教室で過ごすようになり、勉強をせず中学を卒業しました。卒業式には出ていません。


親(母)からは小3からか中1あたりまで虐待を受けました。まあ母子家庭だったのでしょうがないのかもしれません。母も必死だったのかも。

勉強もろくに出来ず不登校で片づけも出来なくて、ただゲームばかりしている自分の子どもが情けなくて辛かったと思います。

でも休みがちの時に首を絞められて皿を投げつけられて包丁を突きつけられて、自分は母に殺されるのだとばかり考えて結局精神がぶっ壊れました。
これがきっかけでPTSDになってフラッシュバックもあっておかしくなりました。

本当に疲れる毎日でした。

まあ全部私が悪いんですけどね。
自分が招いた事なので、今思うのはこんな人間に生まれてごめんなさいってことです。



今、母に車の免許ややりたい事を伝えたらやはり母は正論ばかりで…
私は子どものころと何も変わらないなと悲観するばかりです。